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WHGCフォーラム 2023秋の開催報告


WHGC(World Healthcare Game Changers Forum)では、2023年10月20日(金)に、今年の秋のフォーラムをオンライン開催しました。

今回のテーマは

「共歩せよ!ゲームチェンジャーたち〜公益資本主義で新たな価値を社会へ」


俯瞰的な視点と、社会課題解決への志を持ったゲームチェンジャー人材を創出していくために必要となる、経営のあり方や、社員と会社と社会の連携のあり方について、様々な角度から議論が繰り広げられました。

その内容を1万字に要約して、お届けします。


 

【ゲスト講演】

夢の実現へ 自ら仕掛ける人へ

青木 豊彦 氏(株式会社アオキ<ボーイング社認定工場> 取締役会長)


青木 豊彦 氏 株式会社アオキ(ボーイング社認定工場)取締役会長

我が社は東大阪市にある町工場で、飛行機の部品づくりをやっている。モノづくりに取り組むブルーカラーは少ないので、もっと門戸をたたいてほしい。私はモノづくりの中では、異端児だ。実は20年前に人工衛星を作ろうと思い、実際に2009年に飛ばした経験がある。


私は町工場のおやじなので「俺がひとりやったらいけるんや」と思っていたが、実際には新しいことをやろうとしたら出る杭は打たれるという経験をした。いろんな形で頭を叩かれる。それでも実現できたのは、人のつながりのおかげだ。今日は、ブルーカラーでも夢を持ってやっているということを話したい。



企業にとっての「儲け」とは


32歳くらいのときに、トヨタのカンバン方式を習得することになった。ある大手企業がトヨタのカンバン方式を習得して次の飛躍を狙うということで、協力会社から7社を選んで勉強会をやると決めた際に、その7社に選ばれたわけだ。


そのときに指導に来てくれた先生が「企業は儲けなさい」と教えてくれた。お金のことではない。「儲け」という漢字をよく見ると「信じる者」と読める。つまり信じあう者同士が集まると、心の儲けが生まれるということだ。


心の儲けが大事だから「青木さんと私は信じ合いましょう」ということで、先生の魂を私に入れることになるがいいかと聞かれたので「お願いします」と答えた。魂という漢字を見ると「鬼になって云う」と読める。ときには鬼になって言わないといけないということだ。しかし最近では言いたいことも言わないでやっている人が多いのではないか。



楽しくやれる人のつながりこそが成長の糧


私は人とのつながりの中で生きてきた。人との出会いが、1番成長の糧になると考える。楽しくやれる人とのつながりが大事だ。以前に「痛くない注射針」の岡野さんと一緒に「東の岡野工業、西のアオキ」ということで東工大で講演をする機会があった。岡野さんの講演は大変面白く、2人とも気が合った。


最近の若者の仕事のレベルはすごいと思うが、私は昭和の人間だからチームワークや先輩後輩を大事にしたい。その前に、誰よりも親を大事にしないといけない。



ピンチはチャンス


今では息子が会社を継いでくれている。飛行機の部品はニッチな領域で(商売としては)いいが、コロナ禍で売上は80%もダウンした。しかし息子は他の分野に進出することで、倒産の危機を回避した。


シャープをやめた30人がベンチャー企業を立ち上げて作った空気清浄機のようなものを売って、会社を黒字にした。この製品が絶対にコロナに効くと自信をもって始めたところ、理研からエビデンスがとれたことで非常に売れたわけだ。


「ピンチがチャンス」というのは本当にある。「絶対に生きたるわ」「会社を伸ばしたるで」と思えば、アイデアが出てくるのだ。



社員が誇りに思える会社を目指す


35歳のときに買った「会社が伸びる」という本を、社長のときは月例の全体会議のたびに読んでいた。うるっとくる箇所を繰り返し読み聞かせていたから、我が社の社員は他社より愛社精神があると思う。


いわゆる合コンの席で、女の子たちから勤務先を聞かれた中小企業に勤める若者A君の話だ。勤務先を聞かれると、たいていの中小企業に勤める若者は会社の名前を伏せてしまう。


しかし本の中で紹介されているA君は、胸を張って社名を言う。「他の誰が知らなくても俺が知っているいい会社だから、いずれ君たちにも知ってもらえる会社になるはずだ。」と信じているからだ。こういう社員がいる会社は元気がいい。どうすれば、従業員が誇りを持てる会社を作れるのか?これは会社を伸ばすために、経営する側が日々もちつづづける問題意識だ。


 

WHGC設立発起人挨拶

公益資本主義で新たな価値を社会へ

原 丈人 (アライアンス・フォーラム財団 会長/ WHGC設立発起人)



原 丈人(アライアンス・フォーラム財団 会長/ WHGC設立発起人)

イスラエルとの関わり


イスラエルでは今、大変なことが起きている。WHGCでは俯瞰的にものをみれる人材の育成をテーマにしている。今後自らの会社や事業を切り開いていく上で、どうすれば俯瞰的にものをみれるかという観点で参考になる話をしたい。


私はアライアンス・フォーラム財団以外に1985年、DEFTA Partnersを米国のスタンフォードで作った。技術の開発は手段であって、全世界に健康で教育を受けた豊かな中間層を作ることが会社の目的だ。


イスラエルはアメリカに似て、可能性のある技術を開発している大変に面白い国だと強く感じていたので、以前は拠点を構えていた。デジタルカメラのJPEGを事業化した会社は、イスラエルの会社だった。米国の大学院時代のユダヤ人の友人が作り上げた会社だったので、DEFTA Partnersからも資金を出した。1992、1993年くらいの話で、(フィルムカメラは)デジタルカメラにとって代わられると思ったからだ。



考古学や人類学の見地から俯瞰的に見る


もともと考古学が専門なので、どの国で商売や技術開発をするにしても、その国の歴史、文化や文明などを調べる。イスラエルに拠点を作るにあたって心配したことは、内戦が起きると我々の社員および家族が巻き込まれて亡くなってしまう可能性だ。そこでイスラエルの拠点作りにあたっては、アラブ人が絶対にテロを起こさない場所を選んだ。


考古学や人類学の立場で研究してきたことを活かして、人口構成比をみてアラブ人比率が多く、しかもユダヤ人と大変仲のいいアラブ人が多数住んでいる地域に本社を作った。その結果、自爆テロなどの問題に巻き込まれることなく安全だった。


ヨーロッパ、米国に加えて、イスラエルを技術開発の拠点の1つとしていたが、2013年にはイスラエルからすべて撤収した。イスラエルは地政学的に非常に不安定で、おそらく今世紀の半ば以降には無くなるだろうと感じたからだ。1947年に無理やり国を作った歴史的な背景から、安定した状態がずっと続くことはありえない。



米国は1997年、大きな転換点を迎えた


もう1つ、この国はダメになるなと感じたエピソードをご紹介したい。それは1997年の米国においてだ。当時、私は全米第2位のベンチャーキャピタリストだった。米国ではニューエコノミーといって、日本やヨーロッパと比べてGDPが高く、景気の循環はなくて一方的に伸びるばかりだと言うハーバードやスタンフォードの経済学者がたくさんでてきた時代だった。


しかし米国の財界にあたるビジネスラウンドテーブルが1997年、「会社は株主のものだ」と宣言した。これを聞いた途端に、米国は終わったと私は思った。スタンフォード大学の教授たちに確認すると、皆同じことをいうので本当にこの国はダメだと確信した。



会社は株主のものという考え方は凋落の原因となる


ここで、会社は株主のものという考え方が仮に正しいとしよう。1千億円の利益を仮に10年間かけて上げたとすると、今度は8年間で同じ収益を上げてくれと株主は要求してくる。短期になるほど、内部収益率(IRR:Internal Rate of Return)が高くなるからだ。


短期になると研究開発ができなくなるので、どこかから研究開発されたものを持ってこなくてはいけない。そこで、そういった背景をよくわかっていない製造立国からアイデアを出させるために、アメリカ型のオープンイノベーションという考え方がでてくる。これは日本でいうオープンイノベーションとは少し異なる考え方だ。


研究開発や技術開発をやっていると時間がかかるので、IRRが上がらない。研究開発をしなくても上澄液のサービスエコノミーで儲けてやろうということで、マネタイゼーションやシェアリングエコノミーという言葉が生まれた。


IRRを上げて高い価値で上場することは、ファイナンスの立場でみると正しい。しかし社会をよくしていこうとか、根本的な技術の開発をして世の中を変えていこうという観点からはズレている。このズレた考え方が今ではシリコンバレーの主流となっており、凋落の原因となっているわけだ。株主価値を増やす考え方ばかりがシリコンバレーで芽生えてきたので、新しいものが生まれなくなっている。



投機は格差問題が生まれる大きな原因


3年間、1年間という短期で1千億円の利益をあげる方法はあるが、それは投機的な金融だけだ。短期で利益を上げる方法は、投資ではなく投機である。投機はバブルをうみ、バブルは崩壊する。ゼロサムゲームがおきて、中間層は没落していく。これが格差問題が生まれる大きな原因になっている。中間層が没落したら、民主主義は機能しない。目先の利益を追求するか、目先の不満を共有するかを声高に言ってくれる政治家しか出てこないし、選ばれなくなる。


1つの原理をしっかりと心の中に刻んでおくことが大事だ。会社は株主のものだという考え方も、原理に照らし合わせることで5年後10年後どうなっていくのかおおよその方向性が見えてくる。これが俯瞰的な見方ができるという1つの事例だ。



会社を成功に導く仲間と利益を分配する


会社を成功に導く仲間(社中)を考えてみたい。リーダーである経営者は重要だけれども、社員あってのリーダーだし、購入してくれるお客さんのおかげであり、調達してくれる仕入れ先のおかげであり、地域社会あっての会社だし、地球あっての会社であり、中長期の視点をもつ株主のおかげでもある。ヘッジファンドやアクティビストは仲間にいれていない。仲間が協力しあった結果、会社は利益を上げていくわけだから、全体に利益を分配してくのは当然のことだ。


公益資本主義の原則の一つである「社中分配」においては、幸せになるためにある一定の富を分配する。1回きりではなく中長期で行う。中長期において、会社が安定して発展していくような状況を経営者がやってくれているのかどうか、自分たちがどれだけ会社に貢献できているのか、という意識が非常に重要になってくる。


実現するには、日々改良改善、なおかつ新しいものに果敢に挑戦して、その中から将来の事業の柱をつくって大きな利益の源を実現することだ。社員にもより高い給料を還元すれば、ゆとりある生活や好循環がうまれる。



改良改善の要になるのは生産性の向上


地球規模で俯瞰的にいろいろな事象を見れるような訓練と経験を自らもつことだ。外部コンサルを使わないで自分の目で確かめていくと、多くのことがわかってくる。


生産性の向上をもたらすのは、「設備投資」「技術投資」「インフラ投資」「人材投資」の4つだ。この中で、投資額も少なくて短期で効果がでるのは人材への投資だ。岸田政権に対しても人材への投資をやることで生産性を上げる、そういった政策をやっていくんだと申し上げている。これが改良改善につながっていく。


さらに大胆に、技術投資や設備投資につながるような発明発見的な改良改善ができれば、会社は隆々とする。皆さんが経営のトップになったときに入ってくる20代の若い人たちに、隆々とした会社の礎を定年時にバトンタッチができるようになっていくと、非常にいい循環になっていくと考える。


社中分配、中長期経営、改良改善を生産性に結びつけていい会社をつくり、いい社会を作って、これを日本からおこしていく。生産性をあげて、会社が儲けたら社員に還元する。こういうことを、これからも経営者や国に訴えかけていきたい。



 

分科会第2期活動報告

社会課題に挑む 私たちの第一歩


発表者:

医療制度 グループ    岡本 将隆 氏(JCRファーマ株式会社)

Well-Being グループ 内田 勇一郎 氏(レンゴー株式会社)

食と未来 グループ    古屋敷 隆 氏(江崎グリコ株式会社)


モデレーター:  太田 義史(WHGC事務局長)



太田:「俯瞰的な視点」「現場感覚」「深い思考力」「社会課題への気概」という4つの要素を持つゲームチェンジャー人材を育てるのがWHGCの場だ。会員各社より次の経営人材や事業リーダー候補に集まっていただき、自ら課題を設定しながら、ともに学びともに考えアクションをしかけていく。今期の分科会の成果を本日は共有していただく。



医療保険制度にインパクトを与えるのは疾病の予防

岡本 将隆 氏(JCRファーマ株式会社)

岡本:医療保険制度に対してインパクトがあるのは疾病の予防と考え、認知症の予防というテーマでディスカッションを行った。発症後の生存期間は6〜12年であり、介護のケアが必要な期間が長い。趣味を持つことで認知症のリスクが2〜3割減ることがわかっている。どうすれば趣味を増やせるか、アンケートをもとに解析を行ったところ男女間に大きな差はなかった。年齢別に見ると50代は頻度と仲間が低く、20代は主体度と仲間度が低い。この結果から、ライフステージや家族構成といったものも楽しいと感じる活動に影響を与えているのではないかと推察される。楽しいと感じた数の個数を見ると、全ての項目で楽しいと感じた個数と正の相関があった。また趣味の種が普段の行動の中に潜んでいることが分かった。アンケート自体がコミュニケーションツールとして有用であるため、大学等と連携してデータ分析、調査項目の検討、活用法などを探っていき、趣味の拡大や認知症の予防につなげたい。



幸せの因子を支えるコミュニケーション

内田 勇一郎 氏(レンゴー株式会社)

内田:日本人の幸福度は世界第47位と低い。そこで日本人はWell-Beingではないという現状認識から、コミュニケーションが必要だと考えた。しかしコロナ禍を経て「ことば」を使って「表す」機会が減ったために、非言語情報の伝達も不十分だ。企業でもWell-Beingを経営理念に盛り込む例がでてきたが、職場での実践はさほど積み上がっていない場合が多い。慶應大学の前野先生が提唱する幸福学では、「幸せの4つの因子」を「ありがとう」「やってみよう」「なんとかなる」「ありのまま」と示している。我々はこれらの因子を支え得るコミュニケーションが必要だと考えた。そこでことば集では、「察する」のは得意だが「表す」のが苦手な日本人が言われたら嬉しい言葉を選定している。ことば集の作成とともにLINEスタンプも作成し、デジタルサイネージへの展開も検討中だ。いずれも人間の視覚からはいる非言語情報で、ことばの意図をより分かりやすく伝える効果がある。幸せの4つの因子を高めることばの広がりがWell-Beingを高めることにつながるのではないかと期待している。



子どもたちが「ちゃんと」食べ続けられる未来へ

古屋敷 隆 氏(江崎グリコ株式会社)

古屋敷:専門家の方に話を聞きながらやってきたが、食の問題はとても複雑だと感じた。食に関してありたいと思う姿を、我々の子どもたちが「ちゃんと」食べ続けられる未来を創りたいと定義した。ちゃんとについては、健康でいるために必要な栄養素を安定して美味しく摂取できる食事の量と質に注目した。日本の食料自給率は、38%と非常に低い。米の品目別食料自給率は99%と高いが、国民1人が食べる米の量は50年前と比べて半減している。食料安全保障において、主食の確保は最優先課題だ。主食といえば米と小麦粉だが、小麦の食料自給率は16%と低い。そこで小麦の消費をお米に置き換えることができれば、全体の自給率を上げられるのではないか。お米の魅力を再認識する場を子どもに提供することが、ちゃんと食べることにつながると考え、米粉のおやつ作り料理教室を開催した。マフィンやクッキーなど、ご飯以外の使い方があることを知ってほしくて米粉を使った。その結果、主食や間食において米粉の消費を促進するポテンシャルや、食料自給率の問題は小学生でも理解でき、意識・行動が変わる可能性が示唆された。



太田:各グループが提言した資料は以下のリンクからご覧いただけます。実際にオフィスや家庭、地域社会などでやってみていただき、皆さまの気づきや感想をご共有ください。

 

パネルディスカッション

ゲームチェンジャー人材創出への “共歩” 戦略


パネリスト:

河﨑 保徳 氏 (ロート製薬株式会社 取締役 CHRO)

三枝 寛 氏  (三井不動産株式会社 フェロー(ライフサイエンス担当)/LINK-J 常務理事)

西村 勇哉 氏 (株式会社エッセンス 代表取締役 /NPO法人ミラツク 代表理事)


モデレーター:太田 義史(WHGC事務局長/アライアンス・フォーラム財団)

(※以下、敬称略)


太田:ゲームチェンジャー人材をどうやって生み出していくか、そのための会社の経営の在り方、あるいは社会との連携の仕方をお聞きしたい。


生産性を上げるために個人の成長を優先させる施策を打つ

河﨑 保徳 氏(ロート製薬株式会社 取締役 CHRO)

河﨑:公益資本主義は、創業の精神と非常に近いものがある。ロート製薬は創業124年を迎える中堅の製薬会社だ。OTCというドラッグストアを中心にした薬や化粧品を主力にしており、生き残っていくためにユニークでありたいと願っている。勝ち残っていくために「Connect for Well-being」を掲げ、社員同士、部門部署はもちろん、業界を飛び越えて繋ぎ合わせていく。個人の成長を会社が後押しすることが、会社の成長につながると考え、社員の自主性を重んじ生産性を上げるために個人の成長を優先させる数々の施策をうってきた。

高度成長を支えてきた日本の製造業は、一定の品質を低価格で作っていくために人をブロック塀で考えていたのではないか。一律教育をして、個性は邪魔だと考えてきた。この考え方で社員が幸せか、世界で通用するかと考えたら、今ではまったく通用しない。そこで一人一人の個性を活かすという石垣型の考えを採用し、制度改革を行っている。



ライフサイエンスを応援する「産業創造」という街づくり

三枝 寛 氏  (三井不動産株式会社 フェロー/LINK-J 常務理事)

三枝:街づくりのコンセプトとして「産業創造」をやろうと構想し、代表取締役社長の植田が立ち上げたライフサイエンスイノベーション推進事業に2016年から携わっている。日本橋は金融の街のほか、薬問屋の街としても有名だ。そこでエリアの地主である三井不動産が、地場産業であるライフサイエンスを応援すれば、経済の好循環が生まれるのではないかと想定した。オープンイノベーションを応援するという仕事なので、その必要性を感じていたライフサイエンス業界の人たちから非常に支持を受けた。コミュニティをつくるLINK-Jの運営やスタートアップ向けの場づくりなど、日本のライフサイエンス産業を新しい形のプレーヤーとして盛り上げていくことを目指している。研究は縦に深い。そこでLINK-Jは横糸を繋ぐような活動をしている。LINK-Jの会員は711社になり、昨年は1年間で834回のイベントを開催した。皆さんがより一層新たな気づきや価値観、ネットワークを生み出せるように意識している。



研究者をつなぐ機会が少ない社会の盲点に気づく


西村 勇哉 氏 (株式会社エッセンス 代表取締役 /NPO法人ミラツク 代表理事)

西村:ミラツクとエッセンスという2つの組織をやっている。もともと人格心理学という分野の研究をやっていて、そのあと人材育成、組織開発の仕事をやっていた。2017年から5年間、理研の未来戦略室に勤務したことがきっかけで、自然科学の研究者たちの面白みに出会えた。そこで研究者と社会をつなぐデジタルメディアとプラットフォームの会社エッセンスを立ち上げて運営を行っている。ミラツクはビジネス界の繋がりを作っていく組織だが、エッセンスは研究者の世界に出会い、世界の広がりと出会う場だ。市民が研究者と対等な関係としてつながる機会というのはすごく少ない。そこで資金提供者になることで対等な関係を築いていこうという月額パトロンサービスを始めている。



これから求められる人材とは

太田 義史(WHGC事務局長/アライアンス・フォーラム財団)

河﨑:ユニークさがロートの強みだとすると、ちょっと変わった発想をする人材がほしい。ChatGPTがヒット曲も生み出せる時代には、一瞬にして誰もが世界の平均値を手に入れられる。だから面白い発想をする変わりもんを大事にしていく。また仕事の喜び、成長の実感、社会にどれだけ役に立っているか、こういった視点を持っている人を育てる企業側の教育なり施策が必要だと考える。去年、人事制度を変革して、会社に対してはもちろん社会に対してどれくらいの価値があるかで評価することにした。また長期の研究開発を支えていくためには、それがうまくいったときの社会的インパクトを評価にいれる。仕事の喜びや、社会とのつながりという思想を持つ人材を育てていくようにしたい。


三枝:昔からよく言われるように、既存の枠組みを変えられる人間は、余所者、若者、馬鹿者の3つだ。イノベーションもこれとあまり変わらないのではないか。余所者は、既存の枠組みを客観的に外から見ることができる。若者は、既存の枠組みに対して世の中の変化を感じて新しい社会の価値観をなんとなく想像できる。馬鹿者は「そんなことできるわけないだろう」ということを「僕はできると思う」という信念をもってやり続けられる。3つを揃えている人は、非常に魅力的だ。一人がすべて備えている必要はなくて、チームでもいい。



社会の可能性を示す存在としての研究者


西村:理研に入って、研究者たちの考えていることの変さ具合の角度が、アリとゾウくらい全く違うことに気づいた。社会の可能性を示す存在としての研究者は、企業が新しい価値を生むときのヒントやトリガーになるのではないか。企業側から見ると、研究者とは自分たちにはない技術や方法論を提供してくれるパートナーだ。自分たちの知らないことを教えてくれるという存在においては、研究者は役に立つ。受発注の関係ではなく、青木さんのお話のように人としての関係をもつことが大事だ。実際の研究者の扱われ方は若干下請けになっている。対等な関係を研究者と築くことができれば、私たちは研究者からある種の価値を享受できるし、研究者に価値を返すことができるだろう。専門性を外してみると普通の人間だ。お互い様で自分がいやなことは向こうもいやなんだという視点でお付き合いするとよい。


河﨑:西村さんのエッセンスは素晴らしいと思って聞いていた。製薬会社の研究者は、横の連携が全くない。特許を取りたいので蛸壺化する。研究者は秘密主義で、会社の中で横軸を通すのは非常に大変だ。現場のニーズと自分のやりたいことの差を発見できずに進んでいく。しかし異種の考え方が混ざることによって新しい発想が湧くし、イノベーションが生まれやすい。こういう面白さを知らずに、研究という長く暗いトンネルを歩いているのが平均的な研究者だ。


三枝:研究の蛸壺化やサイロ化は、日本の社会の仕組みや文化と密接に関連している。転職の度合いが欧米に比べて低い。アカデミア内でもそうだと思う。米国ならまったく違う世界に移っていく。その分野が将来性があるとなれば、そこに社会の仕組みとしてお金や人財が投下されるからだ。



研究を事業化していく際に必要なエコシステム作り


西村:理研では、100年後の未来を見据えた現在やるべき科学技術領域を策定するというのが自分の仕事だった。やるにあたって1番役に立った人は人類学者、次に宗教学者で、工学や自然科学からは新しい発想は生まれにくい。人文学は方法論を持っていないが、新しい発想で勝負をしている。サッカーのフォーメーションみたいに役割分担で、人文学から工学までパスだしをしている。横のパス出しが途絶えてしまうと、新しいことが起こらない。研究を事業化していくところで必要なのは、三枝さんがされているようなエコシステム作りだと思う。三枝さんたちのような方々がいると、交流して自分の立ち位置がわかっていく。ここと組めるんだという可能性に気づいていく。


三枝:LINK-Jのプラットフォームを使って、皆さんはイベントの告知をしている。LINK-Jはエコシステムを仕掛けているけれども、コントロールしているわけではない。横の連動を意図的に我々の仕組みの中で増やしていく。エコシステムの素晴らしいところは、勝手に皆さんがやってくれる点だ。



共通の価値観やビジョンを共有することが大事


三枝:大きな街を作る際には10年くらいかかる。街づくりではステークホルダーの数が半端ではない。ステークホルダーの間でワクワク感やできたらいいね、と思ってもらえるかどうかがポイントだ。街に対する思いは一人一人違うので、皆さんに納得していただける街を作っていく。そのためにも共通の価値観やビジョンを共有することが大事だ。これはイノベーションにも通じる。具現化していくには、過去現在の延長線上に未来があるので、地歴、文化、産業を調べる。それらを掘り下げ、エリアにあったものを作っていく。


河﨑:マネジメント側は昭和の頭から抜けきれないので、実際には石垣型を貫くのは難しいのが実情だ。それでも何ミリかずつは前に進んでいる。私は企業も石垣で個性があっていいと思う。

会社の規模や業種も違うために開発の期間やスピードもまちまちなのに、企業に対して一律にルールの押し付けが多い。企業も個性を無くすと競争力を無くしてしまう。

また企業は社内にヒト、モノ、金、技術といった資源を囲い込みすぎではないか。東日本震災のときに被災地に3年間いたが、業種とか関係なく協力関係があった。この経験から未来に向けた価値の共有、自分の業界の北極星を見直し、言語化して周囲と対話していくことが大事だと考える。


太田:本日は、貴重なお話をありがとうございました。



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